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きらびやかな装飾がされたその場所には、多くの人々が集まっていた。彼らは皆一様に身なりが良く、重厚感のある格式高い正装に身を包んでいる。静粛な空気の中、彼らが見つめる壇上には、一人の女性が立っていた。自分たちより高い場所で、周りを見降ろす様に立つ女性は、まだ幼さの残る顔立ちながらもとても美しく、気品漂う凛とした佇まいで静かに前を見つめていた。 女性から見て正面、来賓たちから見て背面。 その先には扉が一つ。 そこから姿を現したのは、これから行われる儀式のもう一人の主役だった。 「成程、馬子にも衣装とはよく言ったものだ」 見てくれだけはまあ、合格点だった男だったし、白い騎士服も似合っている。 幼いころに受けた教育の賜物か、どこか気品があるようにも見えなくもない。現役の軍人だけあり姿勢もよく、胸を張って歩く姿も堂に入っており、今この時、その場所を歩くことに何も違和感は感じられなかった。 ・・・この男に対する好意的な感想などその程度だと、魔女は目を細めた。 テレビの画面に映し出された男は枢木スザク。 壇上で待つ女はユーフェミア・リ・ブリタニア。 エリア11副総督にして第三皇女の専任騎士の叙任式が今、トウキョウ政庁で取り行われていた。 これが終われば、異国の、しかも属国の人間が皇族の騎士になる。 本来不可能な人選だったが、この皇女は不可能を可能にしてしまった。 あれだけ周りに反対されても自分の意思を曲げず、スザクを専任騎士に。 一生を自分に捧げる騎士に。 人生など長くても100年ほどで費えるとはいえ、まだ17歳の子供が、これからの人生全てを捨て、主のために生きることを今、ここで誓うのだ。 望み望まれた上で了承したのなら、まあ、祝ってやってもいい。 だが、そうではない以上、祝う気にもなれなかった。 ・・・いや、祝うべきか? あいつが皇族の騎士になれば、もうここには来れないからな。 そう考えれば、成程、悪い話では無い。 私にとっては。 下らない映像から視線を外し、私は隣を見た。 二人掛けのソファーの片側に座るのは、幼児。 だが、ただの幼児では無い。 地上に舞い降りた天使といっても過言ではないほど愛らしい幼児だ。 幼い子供はかわいい。 だが、そんなかわいさとはレベルが違い、数百年生きた私でさえ、初めて見た時にはその愛らしさに絶句するほどだった。これが作られた造形ではなく、自然に生まれた人間の子供だとは未だに信じられない。そんな可愛らしい幼児は、くりくりとした大きな紫玉の瞳で、じっと画面を見つめていた。 お姫様と騎士。 物語の世界のような豪華絢爛、煌びやかな叙任式。 それに憧れた視線を向けている・・・というわけではない。 どちらかといえば、その顔に書かれているのは不安の二文字。 今私が話した声さえ聞こえないほど、画面に集中していた。 「おい、ルルーシュ。そんなに食い入るように見て楽しいか?」 「・・・おまえには、おれが たのしそうに みえるのか?」 「いや、見えないから聞いたんだ」 ふざけているのか?と言いたげに睨みつけてきたが、残念ながら可愛いだけ。 迫力など欠片もないし、むしろ「もっと睨め」と言いたい可愛さだ。 そんなやり取りをしている間に、スザクはユーフェミアの前で跪いた。 「すざく、まちがえるなよ。けんの つかのほうを わたすんだぞ」 はらはらと、不安げに幼児は言った。 ・・・早い話が、叙任式の作法をスザクが間違えるのではないかと、気が気ではないのだ。スザクは属国の人間。名誉というだけでも肩身が狭いのに、テレビカメラまで入ったこの式典で何かミスをすれば、それを理由に処罰される可能性はある。 皇族であるユーフェミアに恥をかかせたという理由で。 ・・・やらないだろうが、間違えて切っ先を向ければ処刑だな。 「いいじゃないか、ミスをしても」 この奴隷契約を解消できるのだから、万々歳じゃないか? 死ななければ、どうとでもなる。 ギアスがあれば救出など簡単だろうし、かくまう場所として黒の騎士団はうってつけだ。ついでに日本解放の御旗にしてしまえばいい。最後の首相で最後の侍とも呼ばれている枢木ゲンブの息子だから、適任だ。 「ばかか!そんな かっこうのわるいすがたを、ななりーに みせられるか!」 きっぱりと断言された内容に、私は思わず納得した。 ルルーシュの頭の中は、幼児化してもナナリー第一。 目の見えないナナリーが視力を取り戻した時に、この映像を見せたいのだ。 ナナリーが幼い頃から憧れを抱いている姉ユーフェミアと、そして密かに思いを寄せていただろうスザクの晴れ姿を。 物語に出てきてきそうな美男美女が行う、姫と騎士の契約の儀式を。 おそらくこの光景を見ている多くの者は、この二人に憧れを抱くだろう。 皇女殿下の騎士になりたい。 この騎士に忠誠を誓ってほしい。 そう思わずにはいられないほどの美しい光景。 ナナリーの好きそうなシーンだ。 「そうか、ナナリーのためなら、完璧にこなしてもらわないとな」 「そうだ。ななりーに みせるんだからな」 そのナナリーが今一番見たいのは、こんなものではなくお前の無事な姿だろうに。と思いはしたが、現状ではどうにもならないのだから何も言えなかった。 ここに座る幼児の名は、ルルーシュ・ランペルージ。 鬼籍に入っている真名は、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。 そして、このエリア11最大のテロ組織、黒の騎士団の首魁ゼロ。 式を取り行っているユーフェミアの異母兄であり、スザクの親友。 皇歴1999年生まれの17歳。 今は見た目が3歳児だが、数日前まではちゃんと年齢通りの姿で学生もやっていたし、ゼロとして騎士団の人間を率い、ブリタニアと戦っていた。 そんなごく普通の元皇子で、テロリストのルルーシュがなぜ幼児化したのかといえば、残念なことにその原因は未だに解明できずにいた。 ある日、目を覚ましたらこの姿になっていた。 17歳から一晩で3歳まで若返ったのだ。 ルルーシュだけでは無い、カレンや扇たちもだ。 頭脳は大人、体は子供。 そんなフレーズが頭をよぎる。 だが、幼くなってもゼロはゼロ。 黒の騎士団は日本を取り戻すため、ゼロを頭に抱き今日も戦っている。 物寂しい拍手がぱちぱちと聞こえたので視線をテレビに戻すと、どうやら無事スザクは式をやり切ったらしいが、やはり名誉が騎士になる事は歓迎できないのか、拍手をしているのはスザクの上司、ロイドだけだった。だが、ダールトンの拍手をきっかけに、不本意だと言う顔で貴族たちは皆手を叩く。 ・・・きっとこの部分は編集し、寂しい部分をカットして、上手く繋げるんだろうな。 「終わったな」 「・・・どうにかな」 ほっと息をついたルルーシュの顔は、心労でどこかくたびれて見えた。全て終わった安堵だけではなく、たった一人の幼馴染であり親友を、ブリタニアに奪われた悲しみも見てとれる。幼い体は感情を完璧に制御等出来ないため、本人は気づいていないだろうが、顔に出てしまっているのだ。 年齢に不似合いな表情に私は目を細め、原因であるテレビを迷わず消した。 「おい!」 まだ終わっていない!とルルーシュは文句を言ったが、どうせ録画しているのだから全部見る必要など無い。 それに私も色々と限界だ。 敵となったヤツではなく、ナナリーと私だけ気にしていろ。 「ルルーシュ、そろそろ会議の準備をするんだろう?」 時計を見ると、会議まであと30分を切っていた。 「だが、まだ」 「お前、身支度に時間がかかるだろう」 幼い体は思うように動かず、着替えでさえ時間がかかる。 いまだテレビに未練があるルルーシュを強制的に抱きあげた。 当然ながら中身は17歳の男だ。 女に抱きかかえられて、何とも思わないはずがない。 「しーつー!おろせ!」 予想通り、顔を赤くしてじたばたと暴れ始めた幼児を抱え、私は部屋を後にした。 |